なお、
レーニンが議長を務めていた
人民委員会議は国家の行政機関すなわち現在の政府にあたり、当時の共産党すなわち
ロシア社会民主労働党(ボリシェヴィキ)の機関ではない。レーニンは、党の役職としては、中央委員、政治局員であっただけである。しかし、レーニン生存中、党の最高指導者がレーニンであるというのが党員の共通認識であったことは間違いない。また党中央委員会書記長というポストに最初に就任したのは
スターリンであるが、その時点で、党中央委員会書記長というポストが党の最高指導者の地位であるという認識は党内ではまだ確立していなかった。しかし、後にこのポストは名実共に党の最高ポストとなった。