貨幣数量説 wikipedia|無料辞書
貨幣数量説(かへいすうりょうせつ quantity theory of money)とは、社会に流通している貨幣の総量とその流通速度が物価の水準を決定しているという
新古典派経済学の
仮説。物価の安定には貨幣流通量の監視・管理が重要であるとし、中央政府・通貨当局による
通貨管理政策の重要な理論背景となっている。
◆ 貨幣中立説
貨幣量の増減は物価にだけ影響を与え、生産活動や雇用の増減などには影響を与えないとする説。古典派経済学の中心的な命題のひとつであり、経済活動の本質は全て物々交換であり貨幣はその仲介を行っているに過ぎない、貨幣量の増減は貨幣錯覚による混乱をもたらすが国富・国民経済の観点では中立的であり、国富の増大には貨幣量の拡大ではなく生産・供給能力の増強によるべきとした。中立説によれば貨幣は社会的な分業や効率性をもたらす以上の役割はないとする。
数量説はこの貨幣の中立性を前提にしており、物価の乱高下は流通貨幣量の管理によって一義的に押さえ込むことが出来るとする。現代の我々には直感的に理解しにくい事であるが、管理通貨制度が定着する以前では「社会」に存在する貨幣の総量は誰にも計測できない(把握されていない)ものであり、金塊が採掘されるなり、難破などの事故により貴金属(金銀など)が喪失されるなりといった確率現象や、貯蓄のために金塊を退蔵するといった個々人の経済行動は、物価に対して深刻な影響を与える要素であった。
◆ フィッシャーの交換方程式
現実の統計値から貨幣量と物価の相関関係を分析するためのツールとして
フィッシャーの"交換方程式"がある。これは貨幣量と物価の関係を、貨幣の"流通速度"あるいは"取引水準"といった概念を導入することで記述するもの。いわゆる
貨幣数量説の代表的なアイデアである。:
:: M*V = P*Q
M はある期間中の任意の時点tにおける流通貨幣(通貨)の総量
V は貨幣の"流通速度" (特定期間内に人々のあいだで受け渡しされる回数:貨幣の回転率のようなもの)売買契約の約定回数
P はある期間中の任意の時点tにおける
物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Q は"取引量" (特定期間内に人々のあいだで行われる取引量(quantity)の合計)
交換方程式は逐一個別の取引(単価pの商品をq個だけ取引するため、貨幣mを1回支払う)をマクロ経済全体で合計(?v=1→V)したものとされる。これは数学上非常に明晰な記述であるが、現実にはマクロ経済全体における流通速度V(PQ/M)や取引量Qといった経済統計としては非常に観測・推計しにくい概念を導入しなければならない困難がある。
◆ 現金残高方程式(ケンブリッジ方程式)とマーシャルのk
フィッシャーとほぼ同時代のイギリスの経済学者
アルフレッド・マーシャルも、独自に貨幣量と経済水準の相関関係に着目していた。1871年頃には着想を得ていたとされ、1923年に文章化、完全な定式化は弟子の
ピグーによって公刊された。
貨幣数量説を批判的にとらえる論拠とされるアイデアである。
:: M = k*P*Y
M はある期間中の任意の時点tにおける現金残高(=ストック)
k は「マーシャルのk」(比例定数)
P はある期間中の任意の時点tにおける
物価水準(通常は基準年度を1としたデフレータ)
Y は実質GDP
PYは名目GDPであり、ケンブリッジ方程式の要諦は「現金として保有される残高は名目GDPに比例している」というものである。人はある年間所得(py)の水準に比例する程度に、つねに手元に投資や貸付、消費に回してしまわない資金量を一定(m)確保していることが予測できる。その割合比率(κ)は貨幣選好であるが、マクロ経済全体で合計した場合にも同様の傾向があるはずである。そこで経済全体をおしなべた結果としての貨幣選好をkとすればM=kPYと記述される。なお、このマーシャルのkの逆数は、貨幣の所得 流通速度(PY/M)と呼ばれる。
◆ その真偽に関する議論
貨幣数量説の議論は、文献の上では
ジャン・ボダン、
ジョン・ロー(1705)のreal bill(真手形)ドクトリン、
カンティリョン(1732 or1755)のエッセイに端緒を発する。古典派の啓蒙思想においては貨幣の中立性が強調され、国富の増強は生産能力の増強や市場の整備などによるべきであり、貴金属の他国からの掠奪や金鉱の開発など「貨幣そのものの増大」を目的としても意味がないとする。
しかし貨幣の本質に対する経験と洞察が進められ、単に貴金属の備蓄量ではない「通貨」の本質が明らかになるにつれ、古典的な貨幣中立説は批判を受ける事になる。1800年代前半のイギリスにおける金塊主義論争がこれである。
金塊は持ち運びや決済の便利のため、両替商(BANK)に預託してその引換証(銀行券)を取引の代価にすることはすでに一般化しており、その引換証をBANKに一定期間預託し別の借り手に貸し付けることで利息を受け取る契約(仲介)も一般化していた(貯蓄銀行による
信用創造)。このため両替商がカルテルを組み、特定の攻撃対象となるBANKの引換証を意図的に収集し、突然その全量の引換を要求して破綻させる行為が横行していた。1765年までスコットランド法は緊急の場合の金塊への引換を制限していた。またフランス革命直後の1797年には英国政府は英仏戦争の激化を背景にイングランド銀行の一時的な兌換停止措置を取る。
この措置の解除をめぐり論争が起きた。解除賛成派は兌換停止の継続は引換証(銀行券)を担保とした銀行券の乱造を産み際限のない
インフレを生むとした(ヘンリー・ドーソン、ジョン・ホイットリー、
デヴィッド・リカード)。一方反対派は、引換証(銀行券)はつねに決済の時点で銀行で清算され商取引で必要とされる規模以上には増加しないため、兌換停止を解除する必要はないとした(リチャード・トレンス、ボサンケ、
ジェームズ・ミル←JSミルの父)。歴史的には1821年に兌換性は回復されたが、ナポレオン戦争終了後の1815年から30年にかけてイギリスでは一貫して物価の下落(
デフレ)が進行し、金塊と銀行券との兌換性は物価安定への影響に対して重大な疑問を投げかけた。
1844年の銀行条例(ピール条例)は、イングランド銀行以外の銀行券の発行を禁じ、なおかつイングランド銀行に発行紙幣量と同等の金塊の保有を義務付けた。これは完全な兌換性の要求として重金主義の再燃であり、英国内で流通する銀行券はイングランド銀行が貯蔵する金塊の量に一致することを厳格に要求した(通貨学派:オーバーストーン卿、JRマカロック、Tジョップリン、SMロングフィールド、Rトレンス)。彼らはイングランド銀行の発券業務と銀行業務を分離し、発券量は金塊の貯蔵量に厳格に一致させるべきと主張した。一方、貯蓄銀行はその業務を制約されることはなく、銀行券の預託を受け入れ金利を付与して貸付業務に流用することは規制するものではなかった。
同法に反対したのが銀行学派(Tトゥック、Jフラートン、
ジョン・スチュアート・ミル(JSミル))で、銀行券の兌換性さえ確保しておけば、銀行券の発行は厳格に金塊の貯蔵量に制約を受ける必要はないとした。兌換性さえ確保しておけば金塊の保有量と銀行券の額面が一時的に一致していなくても、需給の調整により銀行券の総量は調整され、懸念されるインフレは発生しないとした。結果的に1844年の銀行条例は三度にわたり停止されたことで銀行学派の権威が強化された。
さてフランス革命から第一次世界大戦までの貨幣に関する議論は、おおむね
デヴィッド・リカードと
J・S・ミルの見識に分類される。彼らを含め当時の経済思想家は、社会に対する観察を観想(エッセイ)として叙述したため、その立場はかならずしも明晰ではなく錯綜している事もあるが、おおむねリカードは金塊の価値は金塊を調達するコストによるとした。金塊は発掘されたり喪失されたりするが、全体での調達コストが金塊の現在価値であり、それが貨幣の価値の源泉である。商品の交易は貨幣の価値を媒介にしておこなわれ、もし調達コストの変動がなければ貨幣の中立性は維持されている。
ミルも同様に金塊の価値を調達コストとしたものの、社会に流入した金塊はそのまま喪失されることはなく蓄積されることから、社会に偏在する金塊の貯蔵量が交易条件(価格)に影響を与える可能性があるとした。ある人は商品を調達するために金塊が必要であっても、その金塊を鉱山から調達しなければならず、金塊の価値として採掘コストを要求されるかもしれない、一方で金塊を貯蔵している人にとっては、金塊の調達コストは同じ金塊を取引相手とやり取りしていけば、次第に減価償却され、やがて金庫から持ち出す手間だけとなってコストは非常に少ないものとなるだろう。金塊が社会に蓄積されていけば、金塊の調達コスト(金利)は低下するだろう。しかし金庫から金塊を持ち出して誰かの交易の便宜に貸与する人にとっては、金塊の調達コスト以上に重要なのは、その金塊が返済されるかどうかである(信用経済)。
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